展覧会「ダブル・インパクト 明治ニッポンの美」ー2つのインパクトは呼応せず、すれ違った

日曜日(4月5日)に、行って参りました。

開国した日本が西洋から受けた衝撃(ウェスタン・インパクト)と、来日した西洋人が日本から受けた衝撃(ジャパニーズ・インパクト)を合わせて、「ダブル・インパクト」ということですが、最初に感想を申しますと、

  • 2つのインパクトは互いに呼応することなく、すれ違った

と思いました。

 double-impact.exhn.jp

 河鍋暁斎の錦絵の楽しさ

 展覧会の中のイチオシを挙げるとすると、河鍋暁斎(かわなべきょうさい)『海上安全万代寿』(1863)です。(以下リンク先で見れます)

www.mfa.org

波の「うねり」が過剰にデフォルメされ、迫力があります。今にも飲み込まれそうな蒸気船。14代将軍家茂が乗っているそうです。海外からの勢力を無視できなくなり、幕府の権威が失墜していた時世、先行き不安な感じも漂わせています。

しかし、上空では船の後方から日本の神々が見守り、先方ではキツネ達が船を導いています。現実とファンタジーが自然に溶け合うこの構図は、現代の我々が見ても、純粋に「楽しい」。私の隣で絵を見ていたカップルも、「うわあ、錦絵って凄いなあ」と感動していました。

暁斎の絵は他にも複数展示されており、お雇い外国人からも人気だったという説明がありました。

写実主義」に傾く日本

奥に進むにつれ、幕末から明治時代に入っていくわけですが・・・その後の絵は西洋から絶賛されたような説明が見受けられません・・・どうやら最初の暁斎の作品群が、「ジャパニーズ・インパクト」のピークのようなのです。明治以降、日本は完全にインパクトを「受ける」側になってしまっています。

高橋由一『花魁(美人)』(1872)は、日本洋画史における貴重な第一歩であることには間違いないのですが、あくまで「国内での出来事」であって、西洋への「インパクト」の点から言えば、江戸時代の美人画の方が上です。

明治以降、日本美術は「写実主義」に傾き、浮世絵の世界にあった過剰なデフォルメ、大胆な構図、ユーモアは消えていきます。展覧会前半の「楽しさ」は次第に無くなり、「真面目」な作品が増えていきます。 

世界最先端を走っていた浮世絵

展覧会の「開催主旨」(http://double-impact.exhn.jp/about/)にて、「ジャパニーズ・インパクト」は、江戸時代の浮世絵だけではなかった、幕末明治の作品だって西洋人に衝撃を与えた、と書かれていますが、どうも西洋が絶賛していたのは、ジャポニスムの雰囲気が残る作品のようなのです。お雇い外国人に人気だった暁斎は、明らかに葛飾北斎系譜です。

その理由は、江戸時代の浮世絵が「近代」の最先端を走っていたからです。近代芸術の重要な要素として「写実」があることは確かですが、もうひとつ「自由」を挙げてもいいのではないでしょうか。江戸時代の浮世絵は、主題にとらわれることなく、「人間」「自然」を自由に表現しています。『北斎漫画』は、まさに万物を描きました。この「近代の先駆性」が西洋画家に高く評価され、「印象派」へとつながっていくのです。

まとめ

当時、西洋は「ジャパニーズ・インパクト」(ジャポニスム)に刺激されて「写実主義」を否定していたのです。ところが当の日本は、西洋が打ち返してきたボールに反応せず、「時代遅れの」写実主義にハマっていました。ちぐはぐな感じがします。これが、冒頭で述べた感想2つのインパクトは互いに呼応することなく、すれ違ったの意味するところです。

ただ、後半の展示でキラリと光っていたのが、岡倉天心らが編み出した「朦朧体」という新しい技法。「印象派」と通じるものを感じます。国内では不評でしたが、ニューヨークでは好評を博したということです。(以下リンク先:横山大観『海』)

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※今回の記事の論旨は、田中英道氏『日本美術全史』からの影響が大きいです。

日本美術全史 世界から見た名作の系譜 (講談社学術文庫)

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余談:クール・ジャパン

本文で述べたように、浮世絵は「自由」という普遍的価値を有していたからこそ、時代に迎えられたのです。決して、東洋趣味、エキゾチシズムのようなものではありません。

それでは現在、「クール・ジャパン」と呼ばれている日本のコンテンツは、よく言われるように、戦後日本の特殊な環境で醸成された「奇形的」文化なのでしょうか。

そのような「ガラパゴス論」でとらえてしまうと、本質を見誤る気がしますマンガ・アニメ・ゲーム・J-POPは、「現代」を先駆している可能性があります。

 マンガ・アニメに限らず、小説から映画に至る日本の現代作品の人気の理由として、ストーリーやキャラクターが、単に日本だけの問題でなく、同時代の世界に共通する問題を表象していて共感しやすい点を指摘する声は少なくない。具体的には、自然との共生だったり、家族や友情の意味だったり、優しさや孤独だったりするわけだが、それらは高度成長やポストモダンのプロセスのなかで、日本社会が向き合ってきた問題でもある。(渡辺靖『文化と外交』92頁) 
文化と外交 - パブリック・ディプロマシーの時代 (中公新書)

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世界が、我々の文化の何に目を向けているのか。それを見誤ると、「すれ違い」が繰り返されます。表面的にではなく、本質を理解して、世界から投げられたボールを打ち返せるように見極めていきたいです。